高知地方裁判所 昭和52年(ワ)319号 判決 1982年6月10日
原告
岡村道馬
外五名
原告ら訴訟代理人
田本捷太郎
被告
中村市
右代表者市長
西村正家
右訴訟代理人
横田聰
同
岡崎永年
被告指定代理人
花岡孝宗
主文
原告らの主位的請求を棄却する。
被告は原告らに対しそれぞれ金三九八万四二九〇円とこれに対する昭和五二年五月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。原告らのその余の予備的請求を棄却する。
訴訟費用はこれを三分しその一を被告のその余を原告らの負担とする。
この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告ら
被告は原告らに対しそれぞれ金一四一二万五五四二円及びこれに対する昭和五二年五月二〇日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
仮執行の宣言。
二 被告
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 原告ら
1 主位的請求原因
(一) 被告は観光行政ならびに地場産業の振興を図るため、中村市旧大川筋地区の一〇〇〇町歩に及ぶ市有地等に雉を放鳥して有料猟区を設けてハンターを誘致することを計画し(以下「本件事業計画」という)、昭和四七年一〇月三一日環境庁長官の認可を受けて右大川筋一帯に有料猟区を設定した。
(二) 被告は本件事業計画を達成するため、鳥獣の保護及狩猟に関する法律一四条等の定め及び右認可の趣旨に従い右猟区内における狩猟鳥獣の生息密度を高めるため、雉の人工増殖を行なう必要から、原告らに対し、雉養殖事業の説明会や県立室戸雉養殖場等への視察案内を行ない、その協力方を要請してきた。
(三) 原告らは被告の趣旨に賛同して、被告の職員で本件事業計画を主管する観光課々長訴外安岡進(以下「安岡課長」という)の斡旋指導の下に、大川筋雉養殖組合を設立し、雉を卵から雛に育成して、被告においてこれを買上げる前提の下に、一〇〇〇万円を超す金員を投じて、雉養殖のための土地建物、ふ卵器、放飼場等の施設を作つた。
(四) そして、原告らは昭和四七年一〇月一三日被告との間で次のとおりの契約を締結した。
(イ) 被告は原告らがふ化し、三ケ月育成した雉の雛(以下「三ケ月雛」という)を右猟区設定の一〇年の間、毎年買上げる。
(ロ) 買上げ数量は、昭和四八年度は一六四〇羽、同四九年度は七八八〇羽、同五〇年度以降は一万羽とする。
(ハ) 買上げ金額は時価を建前とし、飼料代金の値上りや高知県の同種事業についての買上げ価格等を参考にして双方協議のうえ決定する。
(五) そこで原告らは右約旨に従い、次のとおり三ケ月雛を育成して、被告に対しその買上げ方を請求したが、被告がこれに応じないため、合計八四七五万三二五七円の代金相当額の損害を生じている。
(1) 昭和四八年度 損害額はなし
原告らは二〇〇〇羽を目標に作業を進めたが経験不足のため、六〇八羽しか育てられなかつたものの、被告は総代金一一二万三二〇〇円で買上げた。
(2) 昭和四九年度
金一二三七万四四〇〇円
原告らは同年六月末までの間に六八九六羽を育成し、被告に対しこれが買上げ請求したが、応じないため、やむなく原告らの放飼場で善良なる管理者の注意を払つて飼育していたが、放飼場が狭隘なため、雉は次々と死亡した。
昭和四九年度の高知県の三ケ月雛の買上げ価格は一羽二四〇〇円となつていたから、その代金額は総計一六五五万〇四〇〇円となる。もつとも、その間原告らは右雉の処置に窮して一部を他へ売却して合計四一七万六〇〇〇円を得たので一二三七万四四〇〇円が損害となつている。
(3) 昭和五〇年度
金三九九万五二〇〇円
原告らは一万羽の三ケ月雛の育成が可能であつたが、前年度において被告はこれが買上げをせず、かつ被告直営の放飼場を設置すべきであるのにこれをしないため、やむなく二八一六羽を育成してその買上げを請求した。
しかし被告はようやくにして、一〇〇〇羽の成体雉を一羽三〇〇〇円、合計三〇〇万円で買上げたが、残余の一八一六羽は死亡した。同年の三ケ月雛一羽の時価は二二〇〇円であつた。
1,816×2,200=3,995,200(円)
(4) 昭和五一年度
金五六七万一六〇〇円
原告らは三八四一羽の三ケ月雛の買上げを請求し、被告は一二六三羽の成体雉を一羽三二〇〇円、合計四〇四万一六〇〇円で買上げたが残余の二五七八羽は死亡した。同年の三ケ月雛一羽の時価は二二〇〇円であつた。
2,578×2,200=5,671,600(円)
(5) 昭和五二年度から同五七年度まで
金六二七一万二〇五七円
原告らは昭和五二年度以降においても、被告が雉の買上げをしてくれるものと期待し、雉の養殖に従事していたところ、突然被告より昭和五二年三月一〇日前記契約を破棄する旨の申入れを受けた。
そこで右六年間の填補賠償額を算出すると次のとおりとなる。
(イ) 三ケ月雛一羽の買上げ価格 金二二〇〇円
(ロ) 買上げ数量 一万羽
(ハ) 必要経費 金九七八万四〇〇〇円
内訳
(Ⅰ) 飼料代 金六三〇万円
一羽一日当り七円、九〇日、一万羽
(Ⅱ) 光熱費 金一七万二〇〇〇円
一ケ月四万三〇〇〇円、四ケ月
(Ⅲ) 人件費 金二一一万二〇〇〇円
常勤一名、月額八万円、一二ケ月(九六万円)非常勤三名、月額一名につき九万六〇〇〇円、四ケ月(一一五万二〇〇〇円)
(Ⅳ) 借入金利息 年間 金六〇万円
(Ⅴ) 雉費 年間 金六〇万円
(Ⅰ)+(Ⅱ)+(Ⅲ)+(Ⅳ)+(Ⅴ)=9,784,000(円)
(ニ) 算式
(10,000×2,200−9,784,000)×5.1336(6年間、年5分の割合によるホフマン係数)=62,712,057(円)
(六) よつて原告らは被告に対しそれぞれ右八四七五万三二五七円の六分の一に相当する一四一二万五五四二円(円未満切捨て)とこれに対する右請求の準備書面が被告に到達した日の翌日である昭和五二年五月二〇日から支払ずみまで、それぞれ民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 予備的請求原因
(一) 被告が、主位的請求(一)ないし(三)記載のとおり、本件事業計画を達成するため、安岡課長の斡旋指導などにより、原告らに対してした行為は、被告が原告らに対し、同(四)記載のとおり、雉の三ケ月雛を買上げる義務の負担を内容とする行政処分行為であり、かつ、当然に原告との間に行政処分の内容を実現すべき私法上の契約の締結を予定し、私法上の契約と密接不可分の関係にある。
原告らは右安岡課長の行為によつて雉の養殖を始めたもので、被告が三ケ月雛の受領を拒絶したことは、被告が原告らに対して負担すべき私法上の債務を履行しなかつたものであり、これにより蒙つた原告らの前記損害は被告において賠償すべきものである。
(二)(1) 仮に右安岡課長のした行為が公権力の行使と認められないとしても、右行為は公権力を背景とする違法な職務行為といわざるを得ない。
すなわち、原告らが雉養殖組合を設立して雉の養殖を始めたのは、被告が本件事業計画達成のために、雉を養殖することが必要不可欠であつたため、被告の協力要請によつてなされたものである。もし、原告らが雉の養殖をしなければ、被告自らもしくは原告ら以外の希望者をしてその養殖事業を行なわざるを得なかつたものである。それ故、被告は原告らを雉の養殖施設の見学に連れて行つたり、三〇羽の種鳥の世話をしたり、農業近代化資金借入申込書を作成してやり、更に、具体的に大川筋雉養殖組合の規約ならびに一〇年間にわたる事業計画書を作成し、飼育場の建設位置規模等についてまで助言指導するなど、指示に近い要望をして、原告らに対し被告の本件事業計画が変更もしくは廃止されることはないものと確信させ、雉養殖事業を開始推進させた。しかも、安岡課長は、被告の代表機関である市長に十分相談することもなく、本件事業計画があたかも確実に実行されるかの如く原告らに申し向けて、原告らをその旨誤信させ、右のような行為に及んだものである。
(2) 仮に本件事業計画が、地元住民及び市議会の反対により中止、変更のやむなきに至つたものだとしても、元来、猟区運営事業は、地元民の反対もしくはハンターの人気等により運営上支障の生ずることがあるため、常に変更される可能性を持つているものである。しかるに、被告がこのことを予見しなかつたことは結局、不注意によるものというべきであり、したがつて被告は少なくとも過失により原告らの財産権を侵害した責任を免れないといわなければならない。
(3) 仮に以上の主張が認められないとしても、被告は信義誠実の原則ないし公序良俗の見地から、原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。
すなわち、原告らの雉養殖事業は営利を目的とするものではあるが、反面、被告がなすべき行為を実質的に肩替りし、被告の有料猟区設定運営事業の一端を担つたものであり、被告はこれを利用した関係にあつたものである。原告、被告間におけるかかる目的共同関係から被告も原告らの雉養殖事業を積極的に協力援助すべき義務があつたのである。したがつて原告らは被告のかかる協力援助を期待し、その互助、互恵の信頼関係に基づき、自己の生活基盤の安定も期待し得るものと信じて来たもので、原告のかかる行為は法律上も十分保護されるべきものである。
しかるに被告は原告らに対し致命的な損害発生の必然性を十分認識しながら、何ら代償的措置をも講ずることなく、一方的に猟区運営事業を廃止し、背信的所為に出たことは信義則ないし公序良俗に反し、違法な行為といわなければならない。
(4) 以上のとおり原告らは被告に対し国家賠償法一条、民法七一五条、七〇九条に則り主位的請求(五)(六)と同額の損害賠償金の支払を求める。
3 損害金額についての予備的主張仮に前記雄買上げ代金相当額の損害金の主張が認められないとすれば原告らは次のとおりの損害を蒙つている。
(一) 雉飼育場建設費
金二〇八三万三一〇〇円
支払日
種目
支払先
金額
昭和四七年一二月一一日
雉飼育場請負代金
秦建設(株)
五、〇〇〇、〇〇〇円
昭和四七年一二月一六日
敷地代金
岡村親信外二
六五〇、〇〇〇円
〃 一二月二三日
育雛器及部品代金
秦建設(株)
三〇〇、〇〇〇円
昭和四八年 一月二〇日
工事代金
〃
五、四〇〇、〇〇〇円
〃 二月七日
〃
〃
一、一五〇、〇〇〇円
〃 二月二八日
第一飼育場工事費
横山建設(株)
一、〇五〇、〇〇〇円
〃 三月一〇日
勝間飼育場工事費
〃
七八〇、〇〇〇円
〃 三月三一日
鋼張人夫賃
今西久義外九
六〇八、八〇〇円
〃 九月二〇日
道路敷地料
北原岩雄
三〇〇、〇〇〇円
〃 一〇月三一日
電気引込工事費
川崎電気
二九一、七〇〇円
昭和四九年一一月三〇日
電気工事器具費
〃
九二、〇〇〇円
昭和五〇年 六月三〇日
鋼張人夫賃
今西久義
五七五、二〇〇円
〃 七月三一日
〃
〃
五五六、〇〇〇円
昭和五一年 五月三一日
電気器具外
川崎電気
一七九、四〇〇円
昭和四八年 九月二五日
残工事費
秦建設(株)
三、一〇〇、〇〇〇円
〃 二月一九日
艀卵器
大宮製作所
八〇〇、〇〇〇円
合計
二〇、八三三、一〇〇円
(二) 三ケ月雛の死亡による損害金
金二二〇四万一二〇〇円
昭和四九年度から昭和五一年度まで、現実に発生した分。
前記主位的請求(五)の(2)ないし(4)記載のとおり。
(三) 燃料、電気料、電話料等雑費
金二一三万円
昭和四八年度五〇万円、同四九年度六三万円、同五〇年度四九万円、同五一年度五一万円の合計額。
(四) 建設資金借入金利息
金一九九万三九九三円
元金九〇〇万円に対する昭和五五年六月二六日までの利息一九五万七九五三円と元金四〇万円に対する同年六月三〇日までの利息三万六〇四〇円の合計額。
二 被告<以下、省略>
理由
一主位的請求について
主位的請求原因(一)(二)及び(三)中原告らが大川筋雉養殖組合を設立したこと、訴外安岡課長が本件事業計画を主管する観光課長であつたこと、原告らが雉養殖事業を実施するための施設を作つたことは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告らは被告の本件事業計画の趣旨に賛同しこれに協力する意思の下に、安岡課長の斡旋指導に従い右組合を設立し、雉の養殖事業を開始し多額の資金、労力等を投下して、右養殖事業のための施設を作つたことが認められこの認定に反する証拠はない。
しかしながら原告ら(組合)と被告との間に原告ら主張の如き三ケ月雛を将来一〇年間に亘つて買上げる旨の契約が成立したことについては原告岡村道馬本人の供述中には一部これに副うものがあるけれども、以下の事実に対比して措信し難く、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
却つて、被告は普通地方公共団体として、私的取引行為についても法律条例規則等の規制を受けるべきものであるところ、地方自治法二三二条の三によれば、「普通地方公共団体の支出の原因となるべき契約その他の行為は法令又は予算の定めるところに従いこれをしなければならない。」うえ、原告の主張する雉買上げ契約は同法二一四条の「債務負担行為」に相当するから、同上によつても「予算でこれを定めておかなければならない。」こととされている。また同法九六条一項五号によれば「条例で定める契約を締結すること」は議会の議決事件とされているが、被告の「議会の決議に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」(乙第一四号証)によると昭和四七年当時、動産の取得については予定価格二〇〇〇万円以上の買入れはこれに該当するとされており、原告ら主張の雉買上げ契約がその規制を受けることも明らかである。更に被告の「中村市契約規則」(乙第一六号証)三条によれば「契約は年度内に履行を終るものでなければ締結することができない」とされ、債務負担行為として所定の手続を経たもの以外は、次年度以降に亘る売買契約を締結することが許されないのである。加えて同規則二五条は契約書の作成を義務付けているが、地方自治法二三四条五項によれば「普通地方公共団体が契約につき契約書を作成する場合においては、当該普通地方公共団体の長又はその委任を受けた者が契約の相手方とともに契約書に記名押印しなければ、当該契約は確定しないものとする。」とされている。
そして右のような各種規制が直ちに原告らにとつて、公知の事実とまでいえるかはともかく、少なくとも知つているべきものと推定されるところ、原告ら主張の如き契約の締結が予算に組まれたとか、議会の議決に付された形跡がないのみならず、書面による契約書も全く取交わされていない。これに反し、<証拠>によれば、被告は各年度毎に個別的に、しかも何らの留保を付することなく雉の買上げについて契約書を作成したうえ雉の買上げを行なつていることが認められるのであつて、これらの事実を総合すれば、原告ら主張の如き一〇年間に亘る雉の買上げ契約は成立していなかつたものと認めざるを得ず、他にこの認定を動かすに足りる証拠はない。
二予備的請求について
1 同(一)について
原告ら主張にかかる安岡課長のした雉養殖事業についての斡旋指導が直接原告らの権利義務に影響を及ぼす行政処分とは認め難く、また一〇年間に亘る雉の買上げ義務の負担を内容とする行政処分といつた概念は実定法上も何ら根拠を見出すことができない。
よつてその余の点につき判断を加えるまでもなく原告らのこの点の主張は採用できない。
2 同(二)の(1)ないし(4)について
(一) <証拠>を総合すれば次のとおりの事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。
本件事業計画は昭和四七年初め頃、被告観光課の職員の発案により、被告が中村市大川筋一帯の市有地に、環境庁長官の認可を得て、有料猟区を設定し、多数のハンターを誘致し、被告市の観光事業と地場産業の育成振興に役立てる趣旨目的で企画された。そこで被告は本件事業計画を議会に諮り、同年一〇月一四日「中村市猟区管理規則」、「中村市猟区入猟承認料等徴収条例」を制定し、同年一〇月三一日(有料)猟区設定について環境庁長官の認可を得た。ところで猟区設定の認可を得るためには鳥獣保護及狩猟に関する法律一四条及び政令の定めるところに従い設定者(国又は地方公共団体に限られている)は猟区管理規則を定め、猟区内の狩猟鳥獣の生息密度を高めるため、狩猟鳥獣の生育繁殖に必要な設備を設けあるいは人工増殖事業と放鳥等の事務を自らもしくはこれを他に委託して行なうことが必要とされている。そして被告は、雉の人工増殖(養殖)事業を民間に委託して行なおうと考えていたことから、中村市住民に対し本件事業計画への協力を呼び掛けるとともに、雉養殖事業の説明会を開き、被告の用意したバスで県立室戸雉養殖場の視察に案内し、雉養殖事業の勧誘をした。ところが右視察に参加した者は二〇数名いたにもかかわらず、雉養殖事業を始めてみようという者は原告らの外三者のみであつた。ところで本件事業計画の事務段階における計画の策定と遂行は総てこれを主管する安岡課長が当つており、被告市当局はこれをそのまま承認実行するという状態であつた。被告は前記猟区設定認可申請において、猟区内における雉の捕獲予定数を昭和四七年度(猟期はいずれも同年一一月から翌年二月まで)二六〇羽、同四八年度以降毎年三五〇〇羽と見込み、放鳥予定数を五〇〇〇ないし六〇〇〇羽としていた。ところが、安岡課長は猟区を逐次増大しようと目論んでいたこともあり右捕獲予定数量を確保するためにはこの三倍程度の三ケ月雛を放鳥することが必要であると考えていた。もつとも本件事業計画は被告にとつて未経験の新規事業であつたにもかかわらず、被告及び安岡課長において環境問題なども含めて十分な資料の収集、調査研究を経た形跡が窺えず。右放鳥等に必要な羽数も果して確実な根拠のあるものか疑わしい。しかるに同課長は本件事業計画を達成させたいとの一念から、これに協力的な姿勢を見せていた原告らに対し、雉養殖事業を委託できるものと期待し、本件事業計画を達成するためには原告らの協力が不可欠であること、前記放鳥計画に従い、昭和四八年度から同五七年度の猟区設定期間中毎年一万羽の三ケ月雛が必要であつて、被告は地場産業振興の見地からも、これを地元から買上げること、仮に、買上げ以上の雉があれば他へ売却の斡旋をするからと、雉養殖事業を直ちに開始するよう強く要望、説得した。その結果、原告らは昭和四七年一〇月一三日安岡課長の斡旋指導により、本件事業計画の趣旨に賛同しこれに協力するとともに組合員相互の経済的利益を上げることを目的として大川筋雉養殖組合を結成し、雉養殖事業を開始した。安岡課長は原告らが本件事業計画への協力、雉養殖事業の開始を決めると、原告らと密接な連絡を取りつつ、更に熱心に原告らのために、一万羽の雉養殖事業計画の立案からそのための農業近代化資金の借入手続、雉の種鳥の世話に至るまで原告らの雉養殖事業のため斡旋指導を行なつた。原告らは雉養殖事業に対し全くの素人でしかも独自の調査研究ができる立場にもなかつたから、安岡課長の右斡旋指導を、自己の属する地方公共団体のしてくれることとして全面的に信頼し、これに従つて雉養殖事業を行なえば、被告は昭和四八年から同五七年度まで一〇年間に亘つて、毎年一万羽の三ケ月雛を買上げてくれるものとの前提で、多額の資金と労力を投じて、雉養殖のための土地を購入して整地し、雉養殖用建物を建築して、ふ卵器等の機器を備え付け、放飼場を作るなどして、専心、三ケ月雛一万羽を養殖すべく努力した。そして昭和四八年度は時間的制約、経験不足などもあつて、当初の予定数量をかなり下回る羽数の三ケ月雛の養殖しかできなかつたけれども、被告はこれを全部買上げてくれた。しかるに昭和四九年度は入猟者数が計画どおり伸びず、観光事業としての思惑がはずれる一方、入猟者の発砲する散弾が猟区周辺の民家へ飛び込むなどの事故が発生し、住民の中から本件事業計画に反対する声が上り、これが当然議会に反映し、被告は議会の反対により、同年度の猟区を後半、わずかしか開設することができず、そのため、被告は原告らの三ケ月雛の買上げの要求に応ずることができなかつた。なおこの当時はすでに、安岡課長は被告職員を退職して市会議員となつていたので、議会においては、本件事業計画を遂行すべき旨を強力に主張し、また被告当局者も交替していたが前当局者の本件事業計画に関する立場を引継ぐ方針で議会に働きかけたが、大勢を動かすことができず、議会の同意も得られなかつた。ちなみに、昭和四九年九月の定例市議会において、本件事業計画の廃止と原告らの雉買上げ要求、賠償問題をめぐつて次のような質疑、応答がなされている。
「次にきじ問題の収拾についてお伺い致します。長い間紛叫のような形の経緯をたどつてきたこの問題について市長は今回の施政方針演説の内で取り上げられ、諸種の事情からこれ以上の猟区の運営は断念をせざるを得ないと表明をされました。今までのような状況からしてもその判断される事はやむを得ないと私も思います。西村市長は前市長時代からの問題でこの収拾に苦労されている事は誠にお気の毒にも思います。がこれは勿論承知されているように引き継がれた問題であるので避ける訳にはいきません。西村市長に課せられた事は立派に収拾する事であると思います。この問題は市が事業主体で起こした物であり、それだけに責任があると思います。問題はきじの養殖組合との関係だと思います。市は相当のメリットを想定してきじ養殖組合にきじの養殖を委託し、三ケ月ヒナ一羽一五〇〇円で買い上げの協定をし、向う一〇年間程度の期間を含めて委託をしていたと聞いております。養殖組合は市の要請を受けて莫大な経費を投じ、山を開き道路を付け、飼育場を構築されております。その後三年以上を経過を致しましたが養殖組合は他ならぬ市のいう事であるから信頼をして養殖に専念をしてきたが、この間一年も正常に約束を果され、正常な取り引きがなされなかつた。飼育場建設の経費は勿論の事飼育経費等莫大な損害を与えられていると聞いております。西村市長さんは就任直後いち早くこの問題を憂慮せられ、検討せられた結果、やはり存続すべきでないとのご見解から収拾するには先方の、つまり養殖組合にそれ相当の損害賠償の合意を得なければならないという意図から出身地元の佐竹民衛氏に所管課長と共に収拾方を依頼されたと聞いております。佐竹氏は市長の意図を体して数回現地を調査せられ、先方の実態を調べられ、その経理をただし、その結果極めて良心的を基本としながらも養殖組合の意見や経理をおさえて昨年までのものとして三五〇〇万円を補償すべきと結論付け、市長に答申をしたと聞いております。私も佐竹氏の案を見たが、なるほどその正確かどうかは別として綿密に分析せられていたものを見せてもらう事ができた機会がありました。市長はそれに対して二〇〇〇万円〜二五〇〇万円なればといわれたときいているが、それには分析の根拠があつての事かどうか。お伺いを致します。市長は民主市政を常に標傍されておる。民主市政、民主主義という事は申すまでもなく、相手の立場を立てる事である。私も猟区は市長の表明通り断念する事が適当だと思います。だが市が少くとも約束している以上、市を信じて業に携わつた者を犠牲にしてはならないと思います。」「私も就任以来、この本当に何といいますか、不正常な猟区の運営の問題につきましては、いろいろ頭を痛めまして対処を致して参つたのでございますけれども、これが前進的な方向、猟区を存続をして将来も続けるような方向での解決策というのをどうしても見い出すことができなかつた訳でございます。ご指摘を頂きましたような方にもいろいろ中に入つて頂きまして猟区との関係調整についてのご尽力をお願い申し上げましたけれども、私共の当然市の責任でございますので、これらについては相当額の賠償をしなければならない。こういう事は基本としては、私もそのように考えておりますけれども額の問題になりますと自信を持つて議会の皆さん方に相談をするような根拠のある数字があまりにも猟区の方の算定と食い違う。こういうふうな関係で施政演説に申し上げましたような方向を取らざるを得なかつたという事をご了解を頂きたいと思う訳でございます。」
しかして原告らは被告を相手に本訴と同旨の訴を高知地方裁判所中村支部へ提起し(同庁昭和五〇年(ワ)第一四号、売買代金請求事件)たところ、同年五月二七日被告との間に、中村市猟区組合を加えて、被告の抗弁1の(イ)ないし(ニ)のとおりの条件で、右訴を取下げる合意が成立し、原告らは一旦、右訴を取下げた。右合意の趣旨とするところは、被告と原告らとの間の雉の養殖事業と三ケ月雛の買上げをめぐる問題を、中村市猟区組合に肩替りさせ、被告は右猟区組合を財政的に援助して、本件事業計画そのものはなんとか存続させたいというものであつた。もとより、原告らの被告に対する雉養殖事業をめぐる損害賠償請求権の存否、処分について、最終的に結着をつけたものではなく、原告らと被告間の雉養殖事業をめぐる紛争を異なつた形で解決しようと試みたものにすぎなかつた。その後、被告は猟区組合に補助金を出すなどして一部、右条件に対応する処置を講じたが、最大の問題点である猟区再開についての目処が立たず、本件事業計画の昭和五二年度以降の遂行を完全に断念するのやむなきに至つた。
(二) 以上の事実を総合して被告の責任について考えるに、被告ないし被告職員安岡課長の原告らに対してした雉養殖事業開始への協力要請行為、及びこれに引続いてした斡旋指導行為は、雉養殖事業と本件事業計画の密接不可分性、必要不可欠性に加えて、斡旋指導行為の態様、原告らの善意と知見、調査能力の程度等に照らすと、地方公共団体の公権力の行使にも比すべきものであるところ、本件事業計画の策定遂行は極めて安易杜撰なものであつたうえ、これを主管した安岡課長が原告らに対してした斡旋指導行為も、主観的な意図はともかく、客観的には確たる根拠がなく、しかも被告職員として弁えるべき限度を越えた誤つたものというほかないから、たとえ本件事業計画の遂行が議会の反対により頓挫したものであるとしても、右被告ないし被告職員安岡課長の行為は国家賠償法一条一項、民法七〇九条の趣旨に照らして違法たるを免れず、これにより原告らが蒙つた損害を賠償すべき義務があるというべきである。
3 被告の和解の抗弁が採用し難いことは前認定のところから明らかである。
4 原告らの損害について
(一) 原告らは一〇年間に亘る三ケ月雛の買上げ代金相当額の損害を蒙つた旨主張するけれども、原告らと被告との間に右のような雉の買上げ契約が成立していないことは前認定のとおりであるうえ、右損害は将来雉の買上げがなされることを前提とする履行利益に属するから(もつとも昭和四九年度から同五一年度までの分については別途考慮の余地がある)右違法行為と相当因果関係のある損害とは認め難く、他にこれを認めるべき証拠はない。
(二) そこで予備的損害の主張について検討する。
前認定の事実、<証拠>によれば次のとおり認めるのが相当でありこの認定を動かすに足りる証拠はない。
(1) 原告らは雉養殖事業を開始し、これを軌道に乗せるため、雉飼育場建設費内訳表記載のとおりの資金を投下して、右養殖事業用の諸施設を築造設置し、昭和四八年度から五一年度まで四年間使用したが、その後は無用なものと化したこと、但し同表二番目の敷地代金は除かれるべきこと、一方右養殖事業は本件事業計画に合せて一〇年間と計画されていることなどを総合して、同表記載の金員中右敷地代金を除く合計金額の六割である金一二一〇万九八六〇円をもつて相当な損害と認める。
(2) 原告らは昭和四八年度から同五一年度まではなお被告の本件事業計画の遂行を信じ、これに副うべく、三ケ月雛の養殖をし、主位的請求原因(五)の(2)ないし(4)記載のとおりの羽数の買上げを要求したが、被告がこれに応じなかつたため、その雉が死亡した。なお<証拠>によれば三ケ月雛の一羽の生産諸経費は同所記載の買上げ価格を超えていたのではないかと推測されることをも斟酌して同所記載のとおり合計金二二〇四万一二〇〇円の損害を蒙つたが、これも総て相当な損害と認められる。
(3) しかしながら、原告ら主張にかかる燃料電気料電話料等の雉費は前記昭和四八年度から同五一年度までの雉養殖のための必要経費と認められるから、これを別途損害とは認め難く、また借入金の利息は、雉養殖事業を開始するに当り、いかなる信用を用いるかはこれを経営するものの自由な意思に任されている事柄であるから、事業の開始に伴つて通常生ずべき損害とは認め難い。
5 過失相殺
原告らの雉養殖事業が私的利益を目的とする経済活動であることは否定できない事実であるのみならず、被告の本件事業計画と原告らの雉養殖事業の関係は私経済的観点からみれば一種の共同事業とも目されるものであるから、これら事業を営む者はそれぞれ事業の開始、遂行に当つては十分な調査検討を加え、これにより生じた結果に対してもそれ相応の責任を負うべきものである。そこで原告らが右のような十分な調査検討をすることなく右養殖事業を開始し、過大な投資をする結果になつたこと、本件事業計画が議会の反対により続行不可能に陥つたことなど本件に表われた一切の事情を斟酌し、前記損害金のうち三割を減じた金二三九〇万五七四二円をもつて被告の賠償すべき損害と認めるのが相当である。
三よつて原告らの主位的請求を棄却し、予備的請求のうち原告らに対しそれぞれ金三九八万四二九〇円(金二三九〇万五七四二円の六分の一)とこれに対する本件訴変更申立書が被告に送達された日の翌日である昭和五二年五月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(福田晧一)